日本ではまだ馴染みのなかった ファミリーレストランを1972年に両親が熊本で開業。
幼い頃から、食を取り巻く環境で育ちました。
ファミリーレストランが地域のみなさんのエンターテインメントの一つになっていた当時、ご家族で来店され、笑顔で集う姿に「食」の重要性を感じました。

また、高校時代、誤診の末にガン末期となり入院した母の過酷な闘病生活をともに経験し、抗がん剤治療に疑問を抱き始めました。
病気になったら「治す」ではなく、病気にならないカラダ作り「予防」に興味を持ち始めたのがこの時期でした。

1990年の秋に概RED Associates (Total Restaurant Eatery Development)に入社。インスティテュート事業部に配属。
様々なセミナーやイベントを企画・運営を担当し、日本初のプロのフードコーディネイターを養成する学校設立に参画。
92年春にジャパンフードコーディネータースクール(JFCS)が開校。
贅沢な設備と共に、錚々たる講師陣が揃っての開校となりました。
この講師陣のお一人が食育ジャーナリスト砂田登志子先生でした。

砂田登志子先生の講演で初めて耳にした「食育」。
21世紀に入り、世の中に定着した「食育」という言葉ですが、
この当時、砂田先生から初めて聴いた「食育」は奥の深いものでした。

「フードチョイス(選食)」
“運命”は「命を運ぶ」
「箸やスプーンを自分の手で口に運ぶように、
あなたの健康、時間、人生、命をあなた自身が運んでいる。」

私は、「食(食育)」を通じて、“生き方”を学びました。

この言葉との出会いが、その後の私の人生、仕事、結婚、子育て、そして、女性として、妻として、母としての私の生き方に大きな影響を与えてました。

そして、生き方、働き方をを選び、
1994年、Fragrant設立、フリーランスとなりました。
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